カゴ状物質RB6における硬い格子と柔らかい格子 - 茨城大学原子科学研究教育センター 物質構造物理研究室

茨城大学原子科学研究教育センター 物質構造物理研究室のHPです。
Material Structure Physics Lab., Research and Education Center for Atomic Sciences,
Ibaraki University, Tokai, Japan

Material Structure Physics Lab.


updated 2024.8.6

カゴ状物質RB6における硬いホウ素格子と柔らかい希土類格子

カゴ状物質とは

物質は無数の原子の結合からなるが、強い結合力で支えられたカゴ状の格子を形成する物質が知られている。たとえば、クラスレート・メソポーラスシリカ・フラーレンなどである。この共有結合あるいは分子結合でつながった原子のカゴの中に異なる原子を充填することができ、鈴の外と内のような構造をとる物質もある。充填された原子は大きな移動距離をもって振動する「ラットリング」と呼ばれる特徴的な運動をすることがある。このカゴ状構造に充填された原子の運動は、通常の物質内部で現れる運動に比べて大きな電荷の揺らぎの基となると考えられる。また伝播する格子振動(フォノン)モードに対して、充填原子運動は局所的に振動しているように見える。局所振動はフォノン伝播を阻害することが知られ、熱伝導の抑制による熱電性能の向上につながる可能性が期待されている。また充填原子の局所的振動は、伝導電子にとって散乱ポテンシャルとなり、電気伝導性の変化をもたらす。充填原子と電子の衝突によって、原子のカゴ内部での移動と電子の散乱が同時に起きると、2レベルシステムの多チャンネル近藤効果といった物理現象も期待できる。

カゴ状物質としてのRB6

RB6.jpg この研究では希土類六硼化物RB6を対象とした。右図に示したように、ホウ素B(緑色)は共有結合でカゴ状のネットワークを作っている。その隙間に希土類イオン(赤色)が入り込んだ構造を持つ物質が合成され、多くの場合に低温で磁気秩序を示す金属物質である。もっとも有名な系であるCeB6は、3価のCeイオンの4f電子の磁気モーメントだけでなく軌道方向も自発的に秩序することで知られる。さらに希土類イオンの質量を増加すると大きな磁気モーメントが揃う反強磁性体となり、Gd, Tb, Dyにいたると電子秩序とともに結晶構造自体が変形する構造相転移が現れる。一方、さらに重い希土類イオンを導入しようとすると結晶が安定には存在しにくくなり、YbB6ではイオン価数が2+に変化してしまう。
 このように充填される希土類イオンの種類によって性質が系統的に変わるRB6において、GdB6、TbB6、DyB6の充填原子振動に注目した。過去の研究報告では、これらの物質が10~30 Kで磁気秩序を示し、その波数ベクトルはqM = (1/4, 1/4, 1/2)である。またGdB6とTbB6では、磁気秩序と同時に結晶構造の周期性も変化する超格子構造相転移が観測されており(二種類の構造q1 = (1/2, 0, 0)とq2 = (1/2, 1/2, 0)が知られている)、電子−格子相互作用による磁気弾性効果と指摘されている。

硬いホウ素格子中での希土類イオンの“柔らかい”運動

RB6_q100dispersion.jpg 右図は、主に希土類イオンの運動からなる格子振動(フォノン)エネルギーの波数依存として描いた分散曲線である。フォノンの進行方向は[100]軸であり、q = 1/2は超格子構造q1 = (1/2, 0, 0)に相当する。波数q = 0でエネルギー = 0から立ち上がる分散曲線は、q = 0.3付近で最大エネルギーを持ち、q = 1/2に向かって急速にエネルギーが低下する。このフォノンは、ホウ素格子はほぼ止まっている中で希土類イオンが振動するモードである(結晶構造図での青矢印で振動を表した)。典型的な音響フォノンの場合、q = 1/2付近では分散曲線は平らになりエネルギーの波数依存性は少ないが、GdB6、TbB6、DyB6では共通してこの典型的振る舞いとは異なる。さらに、q = 1/2の振動エネルギーは温度が下がるにつれてますます低下する(図にはTbB6の25 Kと室温での分散曲線を示した)。通常の物質では、低温で硬くなると、原子間のバネ定数が大きくなることで理解されるように振動エネルギーが上昇する。やはりGdB6、TbB6、DyB6の大きな特徴であり、硬いホウ素格子中での希土類イオンの“柔らかい”運動が顕著である。
 希土類イオンの半径は周期表で右にある元素ほど小さくなる傾向がある(ランタノイド収縮)。一方、希土類イオンの種類が変わってもRB6のホウ素カゴ格子の大きさはあまり変わらない。つまり、Gd, Tb, Dyあたりでは充填された希土類イオンとそこに属する電子の実質的な距離は遠くなる。するとイオン間の直接的な相互作用は小さくなり, いわば個々に独立した運動になりうる。一方、金属伝導を担う電子が、大きな振幅の希土類イオンと電気的な相互作用をもつ。この作用は直接相互作用に比べて小さいのが通常であるが、GdB6、TbB6、DyB6では直接相互作用が抑えられたため、伝導電子-フォノン相互作用が比較的に強い。この作用が決めるq = 1/2付近のフォノンモードエネルギーは低下する傾向を示し、希土類イオンの“柔らかい”運動の起源となっている。
 さらに、関連してDyB6が26 K以下の反強磁気構造をとると同時に、波数ベクトルq2 = (1/2, 1/2, 0)の長周期構造をとる超格子に相転移することも発見した。これまでGdB6とTbB6では見出されていたものの、DyB6でも構造そのものが長周期になることを明らかにでき、これらの物質が非常に似通った希土類イオンの“柔らかい”格子で特徴づけられる物質群としてまとめられる。

テーマごとの解説